大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 平成12年(ネ)1071号 判決

控訴人

トモエタクシー株式会社

右代表者代表取締役

西井理一

右訴訟代理人弁護士

敷地健康

被控訴人

岡田賢一

右訴訟代理人弁護士

大澤龍司

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  申立て

一  原判決を取り消す。

二  被控訴人は、控訴人に対し、金二九五万一五〇六円及びこれに対する平成一〇年七月一三日(又は同年九月一二日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  仮執行宣言

第二  主張

一  事案の概要

本件は、控訴人が被控訴人の所有するビルの屋上に広告物を設置することを内容とする契約を締結したところ、右広告物の前方に立体駐車場が建設されたことによって広告の機能を喪失したとして、事情変更の原則に基づく契約の解除又は被控訴人の債務の履行不能による広告掲出料債権の消滅を理由に、前払いした広告掲出料の返還を求めている事案である。

二  当事者の主張

次のとおり付加訂正するほか、原判決事実摘示(第二「事実の概要」)のとおりであるから、これを引用する。

1  原判決四頁八行目の「地番七一一」を「地番七―一」に改める。

2  原判決六頁末行を改行の上「控訴人は、被控訴人に対し、平成一〇年九月一一日口頭で、また、同年一一月一日到達の書面で、それぞれ事情変更により本件広告物設置契約を解除する旨の意思表示をした。」を加える。

3  原判決八頁八行目の「本件駐車場の建設が着工された平成一〇年八月七日」を「本件駐車場の骨組みが完成した平成一〇年八月七日」に改める。

理由

一  事実

甲一ないし七号証、八号証の1、2、九ないし一二号証、乙一ないし九号証、控訴人代表者本人、被控訴人本人及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。この事実のうち一部分は前記原判決摘示のとおり当事者間に争いがない。

1  タクシー会社である控訴人は、平成九年六月に被控訴人との間で、控訴人の広告宣伝のために、被控訴人所有の建物の屋上に広告物を設置させる、次の約定の契約を締結した。

①  建物 大阪市西区靫本町〈番地略〉、阪神高速道路沿いの四階建て建物「昭和ハイツ」、被控訴人所有

②  広告 広告主は控訴人。鉄骨組照明付き屋上看板、トタン張り、高さ三メートル、幅九メートル、一面

③  契約期間 平成九年七月一五日から平成一二年七月一四日までの三年間、その後一年ごとに更新

④  掲出料金 年三〇〇万円(消費税は外税)

契約時に一年分の掲出料を前払いし、以後は、毎年七月一四日までに一年分の掲出料を前払。

⑤  広告物を維持するのに必要な費用は控訴人の負担とし、広告物完成後の保守運営、維持管理に関しては控訴人が行う。

⑥  控訴人の都合により、広告物の全部又はその一部を撤去するときは、被控訴人は控訴人の前払した料金は返還せず、撤去に要する費用は控訴人の負担とする。

2  本件建物は、大阪市の中心部に存し、阪神高速道路の西側に接している。本件建物の付近には六階以上の高い建物も多く存している。本件建物の北側に接して存する建物は七階建てである。本件契約当時には、本件建物の高速道路沿いの南側数十メートルのところに本件広告よりも高い建物があったが、その間には四階以上の建物は存せず、本件建物に接した南側の建物は木造三階建てであった。

3  控訴人は、本件契約後間もなく、本件建物の屋上に、高さ三メートル、幅九メートルの看板広告一枚を南側に向けて設置した。それには、青色の地に白字で「トモエタクシー ご用命は〈電話番号略〉」と記載され、ほかに赤字で控訴人の社章が記載されている。この広告は阪神高速道路を北に向かって通行する車から見やすいところにあった。

4  やはり阪神高速道路に沿い本件建物の南側約一〇メートルのところに、平成一〇年八月初旬ころ、立体駐車場の建設が始まり、同年九月初旬ころにはその外観が完成した。この立体駐車場は控訴人の広告よりも高い。

5  本件駐車場が建設されて以降、高速道路を北に走行中の自動車から、本件広告は、立体駐車場に近づくまでは、立体駐車場の陰になるため、視野に入らない。つまり、自動車から本件広告が視野に入る時間が減少した。また、見えるようになっても、見える方向が自動車の左前から左になるために、運転者はこれを見ようとすると、運転に危険が生じるおそれがある。運転者以外の搭乗者は前左または左を向けば視野に入る。

6  右立体駐車場以外には、本件広告を見ることを妨げるような物は、本件契約後に建設されていない。

7  本件広告は右立体駐車場が建築されてのちも、場所によっては地上または他の建物から見ることができる。しかし、本件広告の広告としての価値は、阪神高速道路を北進する自動車に乗っている人に見て貰う点にあったから、右立体駐車場の建築により大きく広告価値が減じた。

8  控訴人は、平成一〇年七月一三日に被控訴人に、平成一〇年度(同年七月一五日から平成一一年七月一四日までの一年間)分の掲出料金三一五万円を支払った。

9  控訴人は、平成一〇年一一月一日に被控訴人に到達した書面(甲八の1)により、それに先だって控訴人が被控訴人にした本件契約の解除の意思表示を確認するとともに、既に支払った掲出料のうち、同年八月分以降に対応する部分の返還を求めた。

10  本件広告は、現在もそのまま設置されているが、控訴人は、平成一一年七月一五日分以降の掲出料を支払っていない。

なお、前記1の契約において、契約後三年を経過しなくとも、控訴人において解除できるとの約定があることは、認められない。

二  判断

1  控訴人が被控訴人との契約をしたのは、本件建物の屋上に広告物を設置し、その広告を阪神高速道路を北向に通行する自動車に乗っている人に見て貰おうとするところにあったと認められ、この控訴人の目的は被控訴人も知っていたと理解される。

ところが、契約後約一年二ヶ月のちに、約一〇メートル南に立体駐車場が建築されたために、控訴人の広告物はこれに遮られて全く見えないわけではないが、通行自動車から見える時間も大きく減少したし、横の方を見なければ視野に入らない状態になり、広告としての価値は大きく減少したといえる。

控訴人はこのことを理由に契約の解除を主張している。

2  特に期間の定めのある継続的な契約では、(継続的契約でなくてもそうであるが)、契約の対価(本件では、屋上に広告を設置できること)により将来に得られるであろう利益(本件では、広告を人に見て貰えること)を予測したうえ、その対価を有償で取得することを約束するものである。その将来得られるであろう利益は、過去・現在の状況から判断せざるを得ないから、その予測がはずれることもあり得る。しかしながら、契約は、そのようなことを当然に予定しているから、予測がはずれたとしても、それを理由に契約を解除することは、極めて特殊な場合以外には、認められるものではない。

3  本件建物は、大阪市の中心部に存し、近隣に六階建て以上の高い建物も多く存するから、本件建物の南側にも控訴人の広告よりも背の高い建築物が建築される可能性があったわけである。右立体駐車場の建築は、誰もが全く考えもしなかったことが起こったというような性質のものではない。

このように変更した事情が全く予測できないようなものでなかった場合は、三年間の契約を、信義則や事情変更の原則により、中途で解約できるものではないというべきである。

4  控訴人は契約は履行不能により終了したとも主張する。

しかし、被控訴人の債務は本件建物の屋上を広告物を設置のために提供することに過ぎない。これを超えて被控訴人が控訴人の広告物を阪神高速道路から見える状態に置く義務があるわけではない。また、前記認定の事情のもとで、契約が当然に終了するものでもない。

5  控訴人としては、このような状況が生じたときは、契約を解約できる旨の条項を加えた契約をしておれば良かったのであるが、それをせず、自らの責任で、期間三年間の契約をして、被控訴人が本件建物の屋上を他に利用したり、本件建物を取り壊したりすることを三年間制限した以上、この期間の対価を支払わねばならないことはやむを得ないことである。

三  結論

そうすると、控訴人の契約終了の主張はいずれも理由がないから、控訴人は、期限の平成一二年七月一四日までの掲出料を支払う義務があり、支払った掲出料の返還を求めることはできない。よって、控訴人の請求を棄却した原判決は正当であるから、本件控訴を棄却することとする。

(裁判長裁判官・井関正裕、裁判官・前坂光雄、裁判官・牧賢二)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例